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トリコロールな猫

猫とつくばと茨城をこよなく愛するnekotricolorのブログです

行きたい場所には行きたいうちに行っておけ。失われないうちに

 

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5年ぶりのタイ旅行から帰ってきた@nekotricolorです。

私が初めてタイに行ったのは学生時代、1999年のことです。

当時はタイにはもちろん電車などなくて、巨大なショッピングモールもない、カオサンのようなバックパッカーのたまり場があちこちにあるような、いわゆる「アジア」でした。

こちらの「装備」も今とは全く違って、携帯なんてものはもちろん持ってないし、飛行機のチケットは旅行代理店で取ったし、Webチェックインどころかリコンファームがまだ必要な時代でした。

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タイは私にとって生まれて初めての途上国でした。

その2年前に初海外でカナダにちょこっと、前の年にアメリカでバックパッカー半年、という両極端な経験を経ての途上国、アメリカでいろいろ見てきて大学生にありがちなミサワ臭さは鳴りを潜めていたものの、「タイ?おっけーおっけーだって私アメリカ一人旅してたしー」くらいには思ってたと思います。

が、しかし。

空港を出た瞬間にその根拠のない自信は打ち砕かれます。

ちなみにこのときはまだドンムアン空港

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行ったのは8月だったのですが、一歩外に出たとたんに殴られるような暑さ。そしてあの臭い。ナンプラーなのか?そして俺のタクシーに乗れと群がる人たち。

その時は、南米で胴体着陸を経験したりチベットで一人旅をしたりしていた猛者である母が一緒だったのでなんの問題もありませんでしたが、とにかく驚きの連続でした。

その後ネパールに行ったらガチで24時間ネタだらけでしたがまあそれは別の話だ

カオサンをうろついていたら熱中症にかかり、当時はそんな単語すらなかった、慌てて銀行に涼みに行ったり、凄まじく渋滞している道路を決死の覚悟で横断したり、洋服やアクセサリーを大量買いして値段交渉したり、タクシーの運転手とけんかしたり、母に「あんたきっとこれ好きよ」と言われてパクチーたっぷりのトムヤンクンを食べてこの世にこんなおいしいものがあるのかと感動したり。ああ、あの頃は全てが輝いてたなあ。もうあんな新鮮で純粋な驚きに見舞われることはないんだろうなあ。やべーもう若くないってすげー実感した今。今さらかよ。

あれ以来、タイは私のお気に入りの国です。5年前まで、毎年1度は行っていた気がする。

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最後に行ったときにはすでに電車(BTS)が走っていて地下鉄(MRT)もあって、巨大ショッピングモールが点在している状態でした。空港もとんでもなくでかいのができてた。

それでもまだまだバンコクは混沌としていました。そしてチェンマイはとてもよかった。ホテルの人やトゥクトゥクのおじさんにとても親切にしてもらい、ワットウーモンの静けさはすばらしく、サンカンペーンの間欠泉から流れる小川の足湯にトゥクトゥクのおじさんと浸かったのはいい思い出。

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そして体調を崩して海外に行くなんてとんでもない状態に数年間陥り、今回、5年ぶりのタイ。

まず空港からの電車。すげえ。構造が全く同じマンションや一軒家がものすごい数並んでる。つうか空港から電車かよ!いろんなところで工事してるし。まだまだ建つんだろうね。

そして人が多い。

まあ中国の旧正月とドンピシャで重なっちゃったので、いつもより多かったのかもしれないけど、BTSが込み過ぎで入構制限してましたからね。構内のエスカレーターでドミノ倒しが起こってもおかしくない、危険といっていい状況でした。

チェンマイもすごい人で。こぎれいなお店がいっぱい。一番有名なお寺、ワットドイステープは人で溢れていました。そしてなんとなんとケーブルカーができていました。もうあの長い階段を登る必要はないのです。

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突然ですが吉祥寺の話をしましょう。

私は東京では武蔵野にずっと住んでいて、吉祥寺は子供の頃から私の遊び場でした。

周りにおしゃれな街だともてはやされても、昔ながらの魚屋があったり夜は早くにお店が閉まっちゃったりする吉祥寺が好きでした。

そしてその象徴だったのが、吉祥寺の駅ビル、ロンロンです。

私は今でもどこに何があったか覚えています。怪しげなハンコ屋、傘や靴を売っているおじさん、その奥にあるスポーツ用品店。

でもロンロンは2010年3月に閉店、アトレに変わってしまいました。

「35年もやってきたのにさあ、出てけっていうんだよ!」といった傘屋のおじさんの悲しそうな怒った顔が忘れられません。

アトレは構造としてはそれほどロンロンと変わっていません。中のお店が変わっただけで。

でも思いました。「吉祥寺に昔からあった何かが確実になくなった」と。

伊勢丹がなくなったときもショックだったけどロンロンの方が最後の砦だった。

まあ、吉祥寺は山利屋菊屋干物屋のトライアングルはまだ残ってるし、ロヂャースとマーブルは相変わらずしのぎを削ってますから、昔の雰囲気はまだある。それでもロンロンが象徴していた何かがなくなってしまったのはとても寂しいです。

バンコクチェンマイでも、その何かがなくなってしまったことを感じました。

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こんなのは本当に勝手な話なのですが、私はバンコクの混沌やチェンマイの素朴さが好きでした。

いや、バンコクは昔よりもぐっちゃぐちゃで活気がありましたよ?そしてチェンマイも人はとても親切だし、今でもいいところではあります。が、最後に行った時にあったものがなくなってしまったと感じました。

世界は近代国家を目指して進化し続けています。途上国が途上国のままであって欲しいなんていうのは、とんでもなく傲慢な考えです。誰だって発展して便利になった方がいいに決まってる。

文化を守るため、または必要性を感じずに変わらない場所ももちろんありますが、それは「便利な生活はできるけど」あえて昔の生活を選んでいるわけで、それが当たり前だった時代とは根本的に違います。川越で本物の江戸時代を体験できるわけではないのと同じことです。

だからいま、ネットや本で見て「行きたい」と感じた場所にはすぐに行くべきだと私は思うのです。

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我々日本人には、行きたいところに行きたいときに行ける特権が最初から与えられています。金が時間がと思うかもしれませんが、成田から行けない場所はほとんどないし、日本のパスポートならまず入国を断られることはありません。むしろビザも取らなくていいって国が多いくらい。

東南アジアは凄まじい発展を見せています。早晩日本は追い越されるでしょう。中南米も今は景気がよく、中東は言わずもがな。アフリカ諸国は私にはちょっと分かりませんが、資源採掘で注目されていますから急速に発展してもおかしくない。

あなたがネットで見つけたその素敵な風景は、数年後にはなくなっているかもしれないのです。

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そして自分が年を取るにつれ、若ければ感じられただろう純粋な驚きを感じられなくなっていくということを痛感しています。バンコクチェンマイで感じた、あのえも言われぬ興奮を感じることはもう二度とないでしょう。それは私が年を取ったからです。ひょっとしたらバンコクチェンマイも何も変わってないのかもね。私が年を取っただけで。

「若者の旅行離れ」なんていわれてますが、ぜひあなたがあの興奮を感じられる場所を見つけて実際に行ってみて欲しい。行きたいところには行きたいうちに行って欲しい。「行きたい」と思ったときに感じた何かが失われないうちに。

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