読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

トリコロールな猫

猫とつくばと茨城をこよなく愛するnekotricolorのブログです

デング熱にかかったときのこと

 

デング熱の国内感染が確認されたそうですね。
# と、これ書いてる間に3例目が出たというニュースを見てちょっとビビッてる

10代女性がデング熱に感染 国内では戦後初 さいたま市内で受診、容体は安定 - MSN産経ニュース

海外で感染して国内で発症するパターンは年間200件以上あるらしいですが、海外渡航歴のない人がかかったのは69年ぶりだそうです。

そこで思い出した、2007年にタイでデング熱にかかったときのこと。

デング熱は蚊を媒体にして感染する病気です。主な症状は熱や頭痛が1週間程度続き、治りかけに発疹が出る、という感じ。ひどい関節痛も出ることがあるらしい。型が1〜4まであるので、一度かかって抗体ができても他の型に感染すれば発症します。デング熱は重度になるとデング出血熱と呼ばれ、こっちになると血漿(血液の成分)漏出・出血傾向・肝臓の腫脹などが起こり、重篤化する可能性もあります。詳しくは以下。

何度もかかると出血熱や合併症になる可能性が高まるそうで、青年海外協力隊では確か2回(3回かも)かかると強制帰国というルールがありました。

私は協力隊でデング熱の流行地である中米エルサルバドルに2年間住んでいたことがあるのですが、その時にはデング熱にかかったことはありませんでした。(そういう地域だったので、デング熱のことは元々ある程度知っていた)

ところが、ですよ。帰国後に行ったカンボジアでやられました。「2年エルサルにいてかからなかったのに!」とだいぶショックでした。

その時、私はタイ→カンボジア→タイと合わせて2ヶ月弱滞在するつもりでした。その年は東南アジアデング熱が流行っていたようで、日本でもニュースになっていたのを見た覚えがあります。夏の時点で前の年の倍くらいの感染者がいたとか。

とにかく蚊に刺されなければいいので、長袖長ズボンを着ていたほうがいいわけですが、旅行したのが5〜6月と東南アジアはものすごく暑い持期でとてもそんな厚着はできなかったので、虫よけスプレーと、腰に吊るすタイプの虫よけを持って行っていました。

蚊に刺された自覚はなかったんですが感染したのはおそらくカンボジアで、タイに戻ってから発病しました。カンボジアにはいい医療機関がなく(2007年当時)、JICA関係者も何かあったらタイに移送されるそうなので、タイで発病したのは不幸中の幸いでした。一緒にカンボジアに行き、一足早く帰国した友人は日本で発病したそうで、病院が慣れていないからかなかなか病名がわからずたらい回しで大変だったようです。
# 私も入院した後「彼女もやられてるかもなあ」と思ってたけど連絡手段がなかった

バンコクのゲストハウスで、熱が出たんで薬を飲んで寝込んでいたのですが全くよくなる兆しがなくて、「なんかこれ普通の風邪じゃないな」と思って地球の歩き方タイ編をめくり、最初に出てきた病院「バムルンラード病院」に行くことにしました。

担当してくれた先生は女性で、日本の東北大学で医学を学んだそうで日本語ペラペラ。血液検査をしてさらっと「あ、これデング熱だね。このまま入院してね」と言いました。貴重品は身につけていたものの着の身着のままで入院。「折角の機会だから担架で運ぼうかw?」という先生の冗談に見送られ4人部屋へ。まさか人生初の入院がタイになるとは・・・。ていうか人から人には感染しないとはいえ4人部屋でいいのか。

「タイの病院」と聞くとちょっとアレなイメージはあるかもしれませんが、バムルンラード病院は(後から知ったけど)東南アジア最大級の、最先端医療が受けられるような私立病院。日本語のみならず外国語をネイティブ並みに話す先生も多く、通訳もたくさんいて、海外からもたくさんの患者が来るそうです。スタバやオーボンパンも入ってました。病院食も、和洋タイから選べた。今見たら日本語版Webサイトもある。

そんな日本でも行かないような高級病院だったわけですが、海外保険に入っていたし(後述)、向こうもそれをよく理解していて、個室が空き次第そっちに移るということになりました。4人部屋には多分2日もいなかったと思う。

個室には電話がついていたのでかろうじて記憶していた親戚の家の番号に電話をかけ、デング熱で入院したことを連絡。そこから家族ぐるみで付き合いのある、タイに留学していたこともある友人にも連絡が行ったそうで、何度も病室に電話をかけてきてくれてすごく嬉しかったなぁ。そうそう、泊まってたゲストハウスにも「入院するけど必ず戻るから」と電話したな。すごく驚いてたけど部屋はそのままにしておいてくれると言われて一安心。

デング熱にはワクチンも治療薬もなく、入院しても解熱剤を飲んで栄養点滴をするくらいしかやることはありません。治りかけに出血熱に変わることがあるため、ひたすら経過観察です。朝晩血液検査をして、たまに点滴を変えるくらいであとはひたすら寝ているのみ。個室にはNHKの衛星版が映るテレビがあり、その時はちょうどリーマン・ショックの原因となったサブプライムローン危機の渦中で、なんか決定的な政策の発表があったんだったかな?あの時にアメリカの住宅バブルは本格的に崩壊し始めたんだよね。登坂淳一アナウンサーを毎日見てました。あの数日間の経済ニュースはエラい緊張感がありました。

世界経済の危機が報道されているさなか、私は高熱で寝込みつつも解熱剤を飲むと体温が下がりすぎて震えが止まらないという結構大変な状況でした。高熱から低温になる狭間ですごく元気な瞬間があって、その時に海外保険の手続きなどをしていました。激しい頭痛や関節痛が出ることも多いらしいけど、私はそういうのはなかった。ただただ熱かったり寒かったりしただけ。

でも食事を全く受け付けなくなっちゃったのは困りました。和洋タイと選べるんで当然和食を選ぶんですけど、匂いが全く和食じゃない。私はタイ料理が大好きだしタイの日本食も普通においしいと思っていたのに、体調が悪くなると匂いに敏感になるんでしょうね。点滴してるからまぁいいんですけど、三度三度出される食事をほぼ手付かずで残すのはほんとに嫌だったし、医者にも心配されました。

そこに1件の電話がかかってきました。前述の友人との共通の友人で、タイ語教室の先生をやってるタイ人の女の子。日本語は話せないものの英語が話せる子で、「友人から頼まれた。なにか欲しいものある?」と聞かれたのでなにも考えずに「おにぎり食べたい」と言ったら、その子が生徒たちにおにぎりを売っている場所を聞きまくって探しまくって、結局和風居酒屋でメニューにないのを作ってもらって持ってきてくれました。

私は今でも、「人生で一番おいしかったものは?」と聞かれたら迷わずにこの時に食べた鮭のおにぎりを挙げます。数日ぶりにまともに食べた固形物でした。本当に本当においしかった。

数日経って、発疹。お腹から手足に広がり、足がしもやけのようにパンパンに腫れました。まさにしもやけのように痛痒いんです。熱は収まってきて体調は悪くないんですけどね。で、普通は発熱→発疹→発疹が消えれば全快ということになるようですが・・・。

私の場合はこの時、同時に血小板の数値が落ちてきました。私、実はこの記事を書くために資料を調べるまで、デングは重症化しなくても血小板が減って肝臓が悪くなるもんだと思ってたんですが、どうやら私は割と重めな症状、ていうか出血熱だったのかもしれません。医者は「これからしばらく、ちょっとぶつけただけで真っ青になったり歯磨きすると口の中が血だらけになったりするかもしれないから気をつけてね」と言ったくらいで出血熱だとは言わなかったので分からないけど。

で次の日には、「これ以上血小板の数値が下がったら輸血するね」と事も無げに言われました。「ゆゆゆゆゆ輸血?!」と驚きましたがこれは夜の検査で大丈夫な値まで復活したみたいで回避されました。

血小板の数値が上がってきたら、肝臓の数値も上がってきました(こっちは上がると悪くなる)。普通は20くらい、48以上が異常値のGOTが320まで上がった。「想像力のない人は、人の苦手を無理やり克服させようとする」でもちょっと書きましたが、これは言葉で説明するなら「疲れやすくなる」ということに尽きるんだけど、もうなんか、部屋の中にあるトイレに行くのすら億劫。死にたくなるダルさ。ベッドから一歩も出ることができず、歩かないから足がすごく細くなっちゃって、「無事に日本に帰れるんだろうか?」とこの時初めて思ったのを覚えてる。

とはいえそんな状態も3、4日で収まり、無事退院。結局11日間入院していました。11日ぶりにゲストハウスに戻ったら、フロントのお姉さんに「あんた大丈夫だったのおおおお」と迎えられました。本来は退院の前日に帰国予定でしたが当然延長し、「家に帰るまでが旅行です」な海外保険のお陰で成田空港から白手袋のおじさまが運転するハイヤーで家に送ってもらって旅は終了。

退院するときに医者から「肝臓の数値はしばらく悪いだろうから、お酒は控えて1か月後に日本で再検査してね」と言われていたので、1か月後に近くの病院で検査してもらったところ無事数値は正常値まで下がっていて、めでたく完治となりました。日本では珍しい病気なので、医者と話が弾みましたよ。

以上が私のデング熱経験談です。思い出せる限りのことをとりとめなく書いてみました。当時書いたmixiの日記を読みつつ書いてますが、7年経ってもかなり克明に覚えているのはやっぱり強烈な経験だったからでしょうね。直前までいたエルサルバドルでも相当いろいろな体験をしましたが、人生初の入院が海外だったっていうのは相当なインパクトでした。不安だったのでついつい色んな所に電話してしまい、電話代は保険ではまかなえないので退院するときに2万円くらい払った記憶がある。

デング熱エルサルバドルでは割と聞く病気で、熱とブツブツが出るぐらいのはずなのが、血小板やら肝臓やらがおかしくなったのは、デングにかかる前から体調が悪かったからかもしれません。Wikipediaを信じるなら、8割は感染しても無症状だそうなので、私は既にエルサルバドルで感染していたものの症状は出ず、カンボジアで別の型に感染して重症化したというのも考えられます。

とにかく重症化はめったにせず、日本ではたとえ重症化してデング出血熱になったとしても入院していれば死ぬようなことはほぼないと思うので、高い熱が出たら慌てず騒がず病院に行きましょう。友人は7年前、いくつかのクリニックや病院に行って原因が分からず、感染症に詳しい病院を紹介してもらってようやく分かったみたいですが、今ならすぐにデング熱込みの検査をしてくれることでしょう。

海外保険についてもちょっとした物語があるので(こっちはただのドタバタ劇ですけど)一緒に書こうと思ったけど、このエントリが思いの外長くなっちゃったので別エントリ「海外旅行保険は補償内容を必ず確認しましょう」で書きました。結論だけ先に書くと、「海外保険は至れり尽くせりなので絶対入っとけ。でも補償内容の確認がちょー大事」です。