中米エルサルバドルの工業高校でLinuxを教えていた話 〜 青年海外協力隊に参加した理由の続きです。
派遣先は国立工業技術高校(Instituto Nacional Tecnico Industrial、通称INTI)の電子科コンピュータコースです。首都サンサルバドルにあり、電気科・機械科・自動車科もあって生徒は1000人くらい。生徒の年齢は日本の高校と同じですが、飛び級して入ってくる子もいます(授業料を減らせるので飛び級できる子はどんどんしている)。エルサルバドル唯一の国立の工業高校です。
Webサイトを見たら協力隊が派遣され始めて50周年ということで日本の国旗が。
Insituto Nacional Tecnico Industrial
学科も当時より増えているようです。
場所は西バスターミナルの近くでものすごく治安の悪いところでした。エルサルバドルには「マラス」と呼ばれるギャング団がいくつかあるのですが、道を挟んでこっちと向こうで2つのギャング団が縄張り争いをしているとかで、たまに銃撃戦があって学校の壁がボコボコになるようなところです。
そんな場所ですが、前述の通りINTIは古くから協力隊員を受け入れており、電子科と電気科に1人ずつ隊員がいました。いずれも講師としてです。
とはいえさすがに女性隊員は行ったことがなかったのですが、多少治安がよくなってきたからということで、初の女性隊員として派遣されました。派遣が決まったのが2004年の2月くらい、実際派遣されたのが2005年5月なので1年以上開きがあったにもかかわらず、女性隊員が来るという噂で学校は持ちきりで、職員室の前に女性用のトイレを作ってくれていました。ただ残念ながらINTIに配属された女性隊員は私が最初で最後のようです。普通に毎日無事に帰れたことをどこかの神様に感謝するレベルの場所だったのでさもありなん。
派遣直後、校内や授業を見学させてもらいました。驚くことがたくさんありました。
高い壁と鉄条網、そして鉄格子
まず目につくのは高い壁とてっぺんの鉄条網。これはサンサルバドルの住宅街でもお馴染みなんですが、INTIの場合、出入り口を1つにするという目的もあって(後述)外から中の様子はほとんど見えません。これはもちろん治安の悪さから身を守る対策なんでしょうが、エルサルバドルは1992年まで内戦があったのでそのせいかもしれません。
ちなみに、校内はいいんですが街中でカメラを出すことは危なくてほぼできないので、記事中の写真の多くは車でどこかに行くときに撮ったものです。
校内にはいたるところに鉄格子があります。これも街中の売店なんかと一緒で盗難防止。
なんてサラッと書いてますけどものすごくビビりました。ああいう壁は刑務所くらいでしか見たことがなかった。
教室は普通?
数学や国語など一般的な授業をやる教室は、日本とさほど変わらないです。机もイスも小さいですけどね。
魔法の言葉(PALABRAS MAGICAS)。おはようとかありがとうとか。こういうの小学校にありましたね。
専門科目の授業をやる場所はtaller(タジェール)と呼ばれています。タジェールとは実習のことで、実習の授業も教室もタジェール、でした。
後ろから前を見るとこんな。壁一面のホワイトボードと、なぜかCD-ROMが天井からぶら下がっています。「キラキラしていてきれいだから」だそうです。
教室も、教師がいないときは生徒は入れません。
中庭にワニがいる
学校のマスコットキャラがワニなんですよね。だから中庭に本物のワニがいます。
当初はただの柵だったそうですが、エサ目当てに飛んでくる鳥がワニに食べられるのを見るのが忍びないという理由で、天井にも網を張ったそうです。
校門で武器の所持をチェックする警備員が元山岳ゲリラ
ネタみたいですけど本当です。
生徒たちは校内には透明のカバンしか持ち込めず、校門で武器を持っていないか1人1人チェックされます。このチェックを逃れられないようにするために出入り口が一つなんです。
で、チェックをするのが2人の警備員さん。1人は家族で敷地内の家に住んでいて、このおじさんが元山岳ゲリラでした。普段はニコニコしてるし、カメラが怖くて触れないお茶目なおじさんですが、生徒の登校時は全くもって話しかけられないレベルの怖さ。銃とか持ってないのに(もう1人は持ってる)もうむちゃくちゃ怖いです。
このおじさんの元ゲリラ仲間が軍隊にいたりして時々軍服を着たまま遊びに来て、銃を抱えてベンチに座って談笑していたりするので、「戦場のつかの間の休息」みたいな絵がたまに見られました。
私服で登校し、校内で制服に着替える
INTIはかなりガラの悪い高校で、校外で制服を着ていると喧嘩を売られたりマラスに勧誘されたりするので、校外での制服の着用は厳禁されていました。エンブレムの入ったベルトなんかもNG。
私服だし生徒の多くはどこからどう見てもガラが悪いので職質を受けることが多かったみたいで、校門出てすぐのところで上半身裸にされて立たされたりしてるのを時々見かけました。
入試の前に裸で校庭を走らせる理由
INTIには小さな校庭があるのですが、そこで裸の男の子たちが走ってるんですよ。
で、理由を聞いてみたところ、
- 前述のマラスは体に刺青を入れる
- ドラッグ中毒だとすぐに息切れする
という2つを同時にチェックするための効率的な方法だそうです。女子はさすがに裸のまま走らせることはないそうですが。
マラスの刺青はすごいです。トップの人がテレビに出ているのを見たことがありますが、耳なし芳一のようでした。
ドラッグ中毒はそれほど多いとは思いませんでしたが、自分のクラスの生徒が一時期やっていたようで同僚ともどもヤキモキさせられました。
全ては校内の生徒を守るため
INTIはガラの悪い地域に建つガラの悪い高校でしたが、徹底して校内いる生徒を守る策が取られていたので、一度中に入ってしまえばそれなりに安全な場所でした。
その代わり素行の悪い生徒の救済措置はほとんどなく、また校外での活動にも一切責任を負いません。特にマラスと関係があると判断されたら即追い出されます。他の生徒を勧誘したり、マラスの仲間が校内に入り込む可能性があるからです。
また、授業で使う機器や教員の私物の管理も徹底していました。最初は「もう少し生徒を信頼してあげても・・」なんて日和見なことを思っていましたが、結局のところきちんと線引きをすることで、生徒に強盗の手引きをさせないとか、出来心を試すような余計なリスクを負わないとか、そういうことだったんだろうなと思います。
外では肩ひじ張ってイキがっている子供たちが、武器を持たずに学校に入り、みんなと同じ制服に着替えることで、「武装解除」しただの一生徒として学校生活を楽しんでいるように見えました。
先生たちも、内戦でドンパチやってる中で授業をしてた猛者揃いなので、生徒がやんちゃしても絶対に引きません。ていうかいつもヘラヘラしてる先生でも生徒を叱るときはむちゃくちゃ怖いです。でもだからこそ秩序が保たれていたので、生徒たちも校内では安心して「子供」でいられたのではないかと思います。
次回は仕事についてのお話です。